生物多様性と湿地保全─ドイツで感じた日本の豊かさ─(1)

ドナウ・モース泥炭地で感じたこと

ラムネットJ共同代表 呉地 正行

 2007年6月~7月に、「生物多様性と持続的発展―日本とヨーロッパにおける湿地の保全再生を巡る生態的・社会的・経済的課題」と題したシンポジウム等(東大21世紀COEプログラムなどの共催)が開催され、参加する機会がありました。
 その目的は日欧の湿地の保全・再生や持続的な地域社会の建設をめざす先進的な研究・実践・政策を広く伝えるためのシンポジウム、関連各分野の人々による湿地の保全・再生の現状と未来を議論するワークショップ、及び特色ある湿地保全・再生の現地視察でした。ワークショップと現地視察はドイツ南部のバイエルン州で、公開シンポジウムは北東部の首都ベルリンで行われました。またそれに引き続き、ドイツ北部と北西部の湿地を訪問し、ドイツ国内の「湿地巡り」をしました。
 この中で日本とドイツの自然環境、自然観、文化の違いを再確認し、また日本の湿地の潜在的な豊かさも強く感じたので、印象に残った事例をいくつか紹介します。
 ドイツ南部を流れるドナウ川流域の「ドナウ・モース」と呼ばれる広い泥炭湿地は、かつては粗放な放牧地として利用されてきましたが、1880年代中頃から農地(畑地)開発が始まりました。排水路を作り地下水位を下げて泥炭地を乾燥化させ、そこでジャガイモを中心とした畑作が大規模に行われるようになりました。その結果、約3mあった泥炭層は乾燥して薄くなり、現在では30㎝程になってしまいました(写真1)。その結果泥炭中に蓄積されていた二酸化炭素の発生源となり、また地盤が2m以上も沈下し、環境への負荷、生物多様性の低下、そして持続可能でない土地利用方法の3つの面で大きな問題となりました(写真2)。現在は持続可能な農業と生物多様性の保全再生の取り組みが積極的に行われていますが、ここでの教訓は、「湿地を乾燥させ、その機能を破壊してしまう土地利用は、長持ちしない」ということです。これは畑作中心の欧米では、湿地を農地利用するときには避けがたい困難な問題です。一方、湿地植物の稲を水を張った水田で栽培する日本(アジア)では、数千年にもわたって湿地を利用し続けてきました。農地と湿地の顔を併せ持つ水田は、湿地の持続的な利用を可能とする高い能力を秘めています。

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写真1:ドナウ・モース泥炭地での畑作開始に伴う泥炭層の劣化

右から1777年、1858年、1938年、現在

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写真2:ドナウ・モース泥炭地での地盤沈下
この塔の先端が1836年の地面の高さを示している。
約170年の間に泥炭地の畑地利用によって2m以上も地盤が沈下してしまった。

(ラムネットJニュースレター Vol.1より転載)

2009年07月09日掲載