北川湿地の埋め立てに関する公開質問書

 首都圏に奇跡的に残された神奈川県最大級の低地性湿地である北川湿地が、京浜急行による発生土処分場建設によって、消失の危機に直面しています。既に外周の工事が始まり、湿地への重機投入が目前に迫っています。
 ラムサール・ネットワーク日本では、湿地の生物多様性の保全と企業の社会的責任を求める立場から、この事業に関するさまざまな疑問点を公開質問書にして、2009年8月31日付けで京浜急行と神奈川県に送りました。
 回答期限は9月10日でしたが、神奈川県は未だ調整中であり、回答に時間を要するとの連絡がありました。京浜急行は神奈川県から環境影響評価の認可を得たことを根拠に回答を拒否しました。当初は回答と合わせて質問状を公開する予定でしたが、事ここに至り、回答を待たずに公開することにしました。
 質問の内容が詳細なため分かりにくいかもしれませんが、回答不能に陥っている両者の対応からも明らかなように、事業の矛盾点を突いた質問となっています。質問書の公開によって、事業の問題点を多くの方々に知っていただきたいと思います。そして、京浜急行と神奈川県に無謀な湿地破壊をやめさせ、北川湿地を保全を実現するために、みなさまのご協力をお願いいたします。

 なお、北川湿地については、三浦・三戸自然環境保全連絡会のウェブサイトに詳しい情報がありますので、ご覧ください。


2009年8月31日
京浜急行電鉄株式会社 取締役社長 石渡 恒夫様

三浦・三戸地区発生土処分場建設についての公開質問書
                  
ラムサール・ネットワーク日本
共同代表:柏木実、呉地正行、花輪伸一、堀良一

拝啓 
時下益々ご清栄のこととお慶び申し上げます。

 ラムサール・ネットワーク日本は、湿地保全に関わる個人および団体のネットワークです。昨年10月に韓国で開催されたラムサール条約締約国会議での成果を受け、恒常的な組織として今年4月に設立されました。現在、NPO法人の申請中で、世界湿地ネットワーク(World Wetland Network)と連携し、ラムサール条約や生物多様性条約を活用して、湿地の生物多様性を保全し賢明に利用する活動を進めています。

 さて、貴社が計画している三浦市三戸地区「北川湿地」の発生土処分場建設に関しまして、いくつか質問がございますので、ご回答いただけると、たいへんありがたく存じます。

 貴社のホームページには、「都心と三浦を走る京急にとって、沿線の自然は貴重な沿線資源であり、生態系の保全や環境の保護に携わることは使命であると同時に、従業員やステークホルダーに対して意識の共有を図ることも大切であります。」と生物多様性の保全と啓発活動への決意をうたっています。来年10月には生物多様性条約の第10回締約国会議が名古屋市で開催されますが、企業活動においても生物多様性の保全への取組が国際的な注目を集めることとなります。貴社のホームページ上での決意を、私たちは高く評価します。
 しかし、実際には、生物多様性に富む北川湿地を発生土処分場建設事業によって破壊するという矛盾した計画が立てられています。この事業に関して、以下の質問をしたいと存じます。

1.貴社は、小網代の森の保全をもって、生物多様性の保全という社会的責任を果たしたと広報しています。しかし、丘陵地で乾燥化が進む小網代の森と、湿潤な低地性湿地という特質を持った北川湿地は異なる環境であり、どちらか一方の保全で代替できる話ではありません。神奈川県が今年4月に示した環境影響評価審査書では、「豊かな生態系の大部分を喪失することとなるため、実施区域のみならず小網代の森を含めた周辺地域の植物や動物の生育及び生息環境などに影響を及ぼすことが懸念される。」と小網代の森への影響までもが指摘され、適切な環境影響予測評価と確実な環境保全対策が求められました。さらに審査書では、実施区域外の蟹田沢で行うビオトープ整備を中心とする環境保全対策について、多くの課題があることから再検討が必要とされ、事実上差し戻された形となっています。審査書の指摘は、小網代の森だけでなく北川湿地を含めた地域全体の生態系の保全を求めたものと理解できます。審査書は北川湿地で事業を行わないことを意味する「回避」に関して『本件事業の特性から、谷戸環境の保全を通して注目すべき植物、動物、水生生物への影響を回避又は低減することは困難であるとし、実施区域外での代償措置を行うこととしたと結論づけているが、そのような事業計画に至った経緯を詳細に示すこと』と指摘しています。これに対して貴社は『実施区域を含む「三浦市三戸・小網代地区」約160haの土地利用計画につきましては、昭和40年代から、そのあり方について検討してまいりましたが、平成7年に当社、三浦市、神奈川県の3者で調整がおこなわれた結果」「三戸地区宅地開発区域(約50ha...市街化区域) 」という「土地利用計画に沿って事業が進められることになった』と回答しています。「回避」ができない最大の理由となっているこの「3者による調整」なるもの(「3者合意」とします)について詳細が示されたとは言えないのでお伺いします。

(1)発生土処分場が建設されたあとに宅地開発が行なわれるという保証はありません。合意に基づかない事業は合意違反になります。宅地開発ではなく、発生土処分場建設について3者合意はあったのでしょうか。
(2)合意文書は存在するのか。あるのであれば、文書名と、3者の担当部署と署名者を明らかにして下さい。存在しないのであれば、いつどこでその合意がなされたのでしょうか。
(3)この合意が変更された場合には、「回避」についても検討の対象になりますか。

2.環境影響予測評価書の作成にあたり、専門家委員会が設置されたと聞いていますが、委員会の構成メンバーと議事内容についてお教えください。

3.工事日程を含む事業計画について詳しくお教えください。

4.北川湿地を発生土処分場にすることは、生物多様性条約の趣旨に反し、来年10月に名古屋市で開催される第10回生物多様性条約締約国会議では,世界のNGOから問題視されることは必定です。一方、北川湿地を保全し、市民団体が提案するエコパークなどの形で持続的な利用を図るようにすれば、貴社を利用したツーリストも多数集まり、企業イメージだけでなく、実益的にも貴社にプラスになるでしょう。そのような視点から事業計画を見直すことは考えられないでしょうか。

以上、質問へのご回答は、9月10日までに、PDFファイル並びに文書で以下の送付先までお願いします。
ご回答は、本会のホームページや関係団体のホームページなどに掲載し、公開する予定です。

どうか、上記の質問につきまして、ご回答いただけるようお願い申し上げます。
敬具
(回答送付先:省略)


2009年8月31日
神奈川県知事 松沢 成文様

三浦・三戸地区発生土処分場建設についての公開質問書
                    
ラムサール・ネットワーク日本
共同代表:柏木実、呉地正行、花輪伸一、堀良一

拝啓 
時下益々ご清栄のこととお慶び申し上げます。

 ラムサール・ネットワーク日本は、湿地保全に関わる個人および団体のネットワークです。昨年10月に韓国で開催されたラムサール条約締約国会議での成果を受け、恒常的な組織として今年4月に設立されました。現在、NPO法人の申請中で、世界湿地ネットワーク(World Wetland Network)と連携し、ラムサール条約や生物多様性条約を活用して、湿地の生物多様性を保全し賢明に利用する活動を進めています。

 さて、来年10月には生物多様性条約の第10回締約国会議(CBDCOP10)が名古屋市で開催されますが、神奈川県内最大の湿地であり生物多様性の宝庫である北川湿地が、京浜急行電鉄株式会社(以下、京急)による三浦市三戸地区「北川湿地」の発生土処分場建設事業(以下、本事業)によって破壊されようとしています。このことは、CBDCOP10開催国として、世界から厳しく問われることとなるでしょう。
また、県の環境基本計画においては、「三浦半島のみどりをはじめとした自然環境を保全していく必要がある」とし、生物多様性に配慮した自然環境の保全・再生と活用の中で、重点的に取り組むべき事項〜環境保全上特に重要な地域として三浦半島を挙げています。
北川湿地の保全に、神奈川県の強い指導力が求められていると思います。

そこで、この本事業に関し、いくつか質問があります。

1.県アセス条例に基づく環境影響評価において、県の環境影響評価審査書は、「豊かな生態系の大部分を喪失することとなるため、実施区域のみならず小網代の森を含めた周辺地域の植物や動物の生育及び生息環境などに影響を及ぼすことが懸念される。」と、適切な環境影響予測評価と確実な環境保全対策を求めました。この審査書は、生物多様性の保全という国際的な要請に応える心強い提言であると、私たちは評価します。しかし、京急は県の提言を無視して、当初計画に沿った工事を始めました。神奈川県環境影響評価条例第81条は対象事業に係る許可等を行なう場合、評価書の内容について配慮するよう知事に求めています。京急側は、発生土処分の認可は取ったと主張していますが、審査書を無視した本事業を県が認可した理由をお教えください。

2.平成7年に京急・三浦市・神奈川県の3者で調整した5つの土地利用計画に沿って、三戸地区宅地開発が出発しましたが、2006年には土地区画整備事業ではなく発生土処分場建設事業として発表されています。聞くところによれば、3者調整の時に、小網代の森保全の見返りに北川湿地の埋立を県が認可したとも伝えられていますが、実際にはどのような合意があったのでしょうか。

3.地元の市民団体(三浦・三戸自然環境保全連絡会)が6月に要望書を提出した際、県環境農政部長は、「京急さんには審査書に書かれたことはやっていただく。」と力強い発言をしたと聞いていますが、そのためには審査書を無視した評価書を差し戻し、審査書に沿った評価書を再提出させる必要があると思います。県は、どのようにして京急に審査書の内容を踏まえた行動を実行させるのでしょうか。

4.京急は「審査書に対する事業者の主な対応」の中で、発生土処分場建設事業は宅地開発区域における「整備のための準備事業と位置づけられている」ことから、「回避」 によって環境を保全することは困難であると判断したとしています。そして三浦市は都市計画法第18条の2によって定められた「三浦市都市マスタープラン」において「三崎口駅・三戸・引橋周辺地区」を「都市計画の視点から早期に再整備を計る地区」(重点地区)に指定し、原案では「民間開発の誘導(三浦らしい豊かな自然に囲まれた新市街地形成)」する地区としていました。「回避」ができない理由が宅地開発地区としての整備が予定されているからというのであれば、都市計画事業として一体的に環境影響評価は行われるべきで、環境影響評価を実施する事業者は土地区画整理事業を都市計画として定めた三浦市あるいは神奈川県ではないでしょうか。環境影響評価条例第2条第3項並びに同施行規則第2条は都市計画法に基づく事業については事業者は県または市としています。また同条例第4条には事業の「代替案に係る調査、予測及び評価環境影響評価」を含めるとあります。「回避」や処分場の代替案を含めて環境影響評価を根本的にやりなおすべきではないでしょうか。

5.神奈川県の三浦半島公園圏構想には、項目1の「水辺環境の保全」の中で、
『特に、「小網代の森」「江奈湾」「小田和湾」のように湿地や干潟を有する特色ある水系や、「森戸川」や「下山川」などの貴重な源流や自然豊かな水辺が残された水系では、集水域をひとつのまとまりとして捉えた上で、河川、池沼(半島全体で500㎡以上が41箇所)、湿地や干潟(半島全体で7箇所)などの水辺(護岸・推移帯)や水質の保全・再生を一体的に進めていく。』
と書かれています。
神奈川県最大の湿地である北川湿地が保全の対象に含まれていないのは、構想の趣旨に反するのではないでしょうか。

6.神奈川県内の発生土処分の実態はどのようなものでしょうか。必要となる処分容量と背景となる対象事業、処分可能な処分場の場所と容量を教えてください。

7.京急は8月27日に工事説明会を行いましたが、市議会議員、マスコミ、近隣地域の住民、市民団体等の入場を拒否しました。このことは、平成20年10月に三浦市と交わした覚書第3条に違反します。覚書には、紛争の解決には誠意を持って話し合いを行うことと書かれています。そして、話し合いを拒否したまま、京急は工事を始めてしまいました。こうした一方的な姿勢に対して、県は強く指導する立場にあると思われますが、いかがでしょうか。1〜6に質問したように、様々な課題が残されている以上、工事は直ちに凍結されるべきではないでしょうか。


以上、質問へのご回答は、9月10日までに、PDFファイル並びに文書で以下の送付先までお願いします。
ご回答は、本会のホームページや関係団体のホームページなどに掲載し、公開する予定です。

どうか、上記の質問につきまして、ご回答いただけるようお願い申し上げます。
敬具

(回答送付先:省略)

2009年09月18日掲載