諫早湾開門アセスメント方法書に対する意見

 ラムサール・ネットワーク日本では、農林水産省が行っていた諫早湾の開門調査に関する環境影響評価(諫早湾開門アセスメント)方法書への意見募集に対し、下記の意見を2009年9月18日に提出しました。



2009年9月18日
九州農政局御中
「開門調査に係る環境影響評価方法書」への意見

ラムサール・ネットワーク日本
共同代表 花輪伸一・柏木実・呉地正行・堀良一

1.意見の要旨

 今回の「方法書」に示された「開門調査に係る環境影響評価」は、必要性の乏しい検討項目などにいたずらに時間を浪費し、本来必要な対策の実施や、関係者の合意形成を先延ばしにするものである。それらの問題点は、「方法書骨子(案)」のパブリックコメントで指摘されていたことだが、今回の「方法書」でも、それらの有益な意見がほとんど取り入れられなかった。
 結局、「開門調査に係る環境影響評価」という手続きを、九州農政局が主導していることに根本的な問題があり、このまま九州農政局主導で手続きを進めても、時間と予算の無駄である。
 官僚依存からの脱却を目指す新しい政治の流れの中で、漁業者や農業者、地域住民、研究者やNGOなどが、科学的かつ民主的に協議する場をあらためて設定し、有明海の再生という大きな目標を共有した上で、「開門調査」への合意形成を急ぐべきである。
 「開門調査」は有明海再生への第一歩であり、深刻な漁業不振に直面している漁業者は、一日も早い実施を心待ちにしている。段階的開門の第一段階として、まず、短期開門調査レベルの「開門調査」に、早急に着手すべきである。

2.理由

  • 「開門調査」は、環境影響評価法(アセス法)の適用事業ではない。
    それにもかかわらず、九州農政局は、独自の判断により「開門調査に係る環境影響評価」(以下、「開門アセス」)を、アセス法に準じた手順ですすめようとしている。
    この間の農水省側の説明によれば、「開門アセス」に3年、それによる対策工事にさらに3年が必要とされており、最終的に開門するとしても6年以上先にならざるを得ない仕組みになっている。その上、すでに開門に反対の姿勢を示している長崎県等が、3年の「開門アセス」の後に、拒否権を行使できるかたちとなっている。
    結局、このような基本的な手続きの設計そのものが、長い時間をかけた上で、最終的に開門が実現しないような仕掛けになっており、ここに最大の問題がある。

  • いわゆる「開門調査」の実施方法や効果、影響、そのために必要な対策などは、2001年のノリ第三者委員会から繰り返し議論されており、2002年には、短期の開門調査が実際に行われている。これまでの各種委員会での検討の蓄積があるにもかかわらず、あらためてシミュレーションなどを行い、「開門アセス」に3年も費やす必要はない。

  • このような「開門アセス」に関する問題点は、「方法書骨子(案)」へのパブリックコメントでも指摘が尽くされているが、今回の「方法書」では、そのような有益なコメントがほとんど活かされず、むしろ九州農政局主導による「環境アセス」の"ゆがみ"が、より鮮明になっている。

  • 端的な例は、「開門調査」の目的に関する部分である。
    九州農政局は、「方法書骨子(案)」において、「開門調査」の目的について、項目すらたてなかった。当然ながら、そのことがパブコメで指摘され、今回の方法書では、項目が盛り込まれたが、そこには、次の様に述べられている。

    『 開門調査は、諫早湾干拓事業潮受堤防排水門を開放することによる有明海の環境変化を把握する調査である(1)が、有明海沿岸の漁業者や関係者からは、有明海再生のため「開門してほしい」との要請がある一方、長崎県、諫早市等の農家や地域の関係者からは、干拓地の農業や防災のために、また、諫早湾の漁業者からは、漁業被害を憂慮して「開門しないでほしい」との要請がある。
     このため、平成20年7月10日、農林水産大臣が談話を発表し(2)、諫早湾干拓事業潮受堤防排水門の開門調査のための環境アセスメントを行うこととした。本環境アセスメントは、開門調査を実施した場合、どのような変化や影響が生じるかについて調査、予測、評価を行い、必要に応じてその影響を回避・提言する措置を検討するものである。』

    「開門調査」は、そもそも、諫早湾干拓事業による潮受堤防閉め切りが、有明海の環境変化にどのような影響を及ぼしたかを検証するための調査である。下線部(1)に書かれた「排水門を開放することによる有明海の変化を把握する」ということは、「開聞調査」を表面的にとらえたものに過ぎず、本質的な目的がすり替えられている。

    また、下線部(2)では、今回の「開門調査」に関する農水大臣談話の経緯が示されているが、これは明らかに事実と食い違い、経緯の説明として極めて不適切である。
    言うまでもなく、今回の「開門調査」は、2008年6月27日の佐賀地裁判決により、国が実施を命じられたものである。農水省側は、佐賀地裁判決を不服として控訴しようとしたが、原告側や有明海の再生を求める多くの市民や研究者、NGOなどが控訴断念をもとめ、佐賀県および佐賀県議会、福岡県知事、さらには当時の農水副大臣、法務大臣までもが「開門をすべき」との考えを表明し、控訴に反対した。最終的に、農水省側は、控訴はするが、開門のアセスを行う、ということで農水省内および閣内での控訴慎重論を振り切った、というのが実情である。
    7月10日の農水大臣の談話は、このような紆余曲折の末に、控訴期限ギリギリで控訴した後での談話であり、そこで、「開門調査を含め今後の方策について、関係者の同意を得ながら検討を進めていきたい」と述べたのである。
    客観的に見れば、九州農政局が、今回の「開門アセス」の目的と経緯を説明する際に、佐賀地裁判決に一言も触れないのは異常と言うしかない。
    結局、農水省は、佐賀地裁判決に控訴していることとの矛盾を避けるため、あたかも、佐賀地裁判決とは無関係に「開門アセス」を行っているかのように対面を取り繕っているのである。

  • このように、九州農政局は、「開門調査」の目的や基本的な経過さえ、自分たちに都合の良いようにねじ曲げ、具体的なアセスの項目も、不必要なもの、すでに検討済みのものなどで水増しして時間を稼ぎ、開門の方法についても、あえて影響が大きなケースを持ち出して、「開門調査」の実現を阻害しようとしている。
    結局、佐賀地裁が命じた「開門調査」を、九州農政局主導ですすめること自体に無理があるのである。

  • 「開門調査」を実施するには、すでに実施された短期開門調査の規模から段階的に始めるのが現実的であり、そのために必要な影響対策なども、これまでの農水省の第三者委員会などでの議論を通じて、ほぼ整理がついている。その上で、開門した場合に影響を受ける農業や低平地の排水不良に関して、関係者が不安を抱くのは当然であり、そこに意見の対立があることも事実である。
    結局、開門調査に向けて必要なことは、現実的な開門方法にもとづいて、立場と意見の異なる関係者が、合意形成を目指すプロセスであり、そのプロセスを、できるだけ早く実施することである。
    それについての実現可能な提案として、「よみがえれ!有明訴訟原告団・弁護団」と「有明海漁民・市民ネットワーク」は、2010年5月の開門という具体的な時期を明らかにして、広範な関係者による「開門協議会」の設置を求めているが、私たちもこの提案を支持し、段階的開門の第一段階として、まず、短期開門調査レベルの「開門調査」に、早急に着手することを求める。

  • すでに佐賀地裁判決から、一年以上の貴重な時間を浪費してしまった。
    これは、「開門調査」へのプロセスを農水省まかせにしてしまったことが根本的な原因である。
    官僚依存からの脱却を目指す新しい政治の流れの中で、漁業者や農業者、地域住民、研究者やNGOなどが、科学的かつ民主的に協議する場をあらためて設定し、有明海の再生という大きな目標を共有した上で、その第一歩としての「開門調査」への合意形成を急ぐべきである。
以上

2009年09月23日掲載