「生物多様性国家戦略2012」条約湿地数値目標に関する提言書を環境省に提出

 ラムサール・ネットワーク日本では、2012年5月24日に環境省自然環境局自然環境計画課生物多様性地球戦略企画室に、下記の「生物多様性国家戦略2012」策定に際してのラムサール条約湿地数値目標に関する提言書を提出しました。別紙を含むPDFファイルは次のリンクからダウンロードできます。



2012年5月24日
環境大臣 細野 豪志 殿
特定非営利活動法人ラムサール・ネットワーク日本
                            
「生物多様性国家戦略2012」策定に際しての
ラムサール条約湿地数値目標に関する提言書

第1 提言の趣旨

 この度策定される「生物多様性国家戦略2012」においては、ラムサール条約湿地登録の数値目標として、2018年に開催が予定されるラムサールCOP13までに、国内の条約湿地を新たに15か所増やし、登録面積を既登録湿地も含め16万ヘクタールまで拡大することを目指すべきである。

第2 提言の理由

1 条約湿地は9か所新たに登録されて計46か所に
 2012年5月10日に開催された中央環境審議会野生生物部会では、本年7月6日からルーマニア・ブカレストで開催されるラムサール条約第11回締約国会議(ラムサールCOP11)までに新たに9か所の条約湿地、6,941ヘクタールが登録されることが報告され、この追加登録により、日本の条約湿地は、46か所、137,968ヘクタールになる。
 2007年11月に策定された「第3次生物多様性国家戦略」では、ラムサールCOP11までにラムサール条約湿地を新たに10か所増やす数値目標が掲げられ、その後2008年のCOP10で4か所登録されたため、2010年3月に策定された「生物多様性国家戦略2010」では、COP11までに新たに6か所を増やす数値目標となり、結果として9か所の新たな登録が実現することになったのである。

2 2010年の提言を基にした現実的な提言を
 私たちは、2010年1月にラムサール条約湿地候補地検討会が設置されて条約湿地の候補地の見直しが行われるに際して、別紙の「ラムサール条約湿地候補地選定に関する提言書」を環境大臣に提出し、中長期目標として「2030年のCOP17までに、少なくとも100か所以上、のべ75万ヘクタール(わが国の国土面積の約2パーセント相当)以上の湿地を登録する」こと、短期目標として、「COPが開催されるごとに、新たに、10か所以上、追加登録分と既存登録地の登録範囲の拡大によってのべ10万ヘクタール以上の湿地を登録する」ことを定めるべきであると提言した。私たちの基本的な考え方は、現在も2010年に提言したとおりである。この間、2010年10月に開催された生物多様性条約第10回締約国会議で採択された愛知ターゲットの目標11に「2020年までに少なくとも陸域の17%、海域の10%を保護区域などによって保護する」と定められていることからしても、中長期目標、短期目標のいずれもが、2010年の提言で提言したとおりに定められるのが理想である。
 しかし、今回「生物多様性国家戦略2012」が策定されるに際し、生物多様性国家戦略は概ね5年を目処に見直しが行われること、2010年9月に環境省が172か所の条約湿地潜在候補地を選定していること、そして、「第3次生物多様性国家戦略」、「生物多様性国家戦略2010」での数値目標に対する今回の実績等を踏まえて、「生物多様性国家戦略2012」の中で設定される数値目標については、今後5年間程度の目標として、より現実的なものとして提言することとした。

3 目標となる新規条約湿地の数について
 今回の追加登録によって条約湿地数は46か所になり、私たちが中長期目標とすべき数字として示していた100か所の約半分の数になる。かつて、日本湿地ネットワーク(JAWAN)が2005年に環境省に対して、将来的に100か所の登録が必要と提言した際に、当時の担当官からは、「日本において必要とされる条約湿地数は50か所程度ではないか。」と指摘された。しかし、2010年9月に環境省が発表した、登録のための国際基準を充たす潜在候補地が172か所であったことからすれば、2005年当時の提言が決して的外れでなかったことは明らかである。
 2007年の第3次生物多様性国家戦略で10か所の数値目標が設定され、その後の2回のCOPで13か所を増やし、特に今回のCOP11で9か所増やせたということは、2010年の提言の中で短期目標として定めるべきとしたCOPごとに新たに10か所という数字も関係者の努力次第で十分可能な数字であることが明らかである。また、今回の追加登録後も潜在候補地が163か所残っていることからすれば、「生物多様性国家戦略2012」においては、COP13までに新たに20か所の数値目標を設定すべきと言うこともできる。
 しかし、目標を一度に倍にすることで関係者に大きな負担感を与えてしまい、却って新規登録が進まないというような事態は絶対に避けなければならない。そこで、漸進的に、この5年間の13か所の新規登録の実績を基に15か所の新規登録という目標を掲げ、10か所の目標で13か所という今回の実績と同様に、COP13までに目標15か所のところ20か所程度の実績を残すことを期待したい。

4 目標となる条約湿地の面積について
 今回増える9か所の条約湿地の平均面積は771ヘクタールである。従前の37か所の平均面積が3,541ヘクタールからすると、やはり面積的には十分とは言い難い。2010年の提言では、中長期目標として国土面積の約2パーセントを目指して、100か所以上、延べ75万ヘクタールにすべきとしたが、現状の46か所、137,968ヘクタールからすれば、あまりに乖離してしまっている。今後、浅海域の広大な面積の登録や、河川の流域単位での登録など、条約湿地の登録範囲に関して抜本的な発想の転換をして行かなければ、100か所以上、延べ75万ヘクタールという数字は現実的な数字とならないであろう。
 登録範囲の発想の転換については今後の課題にすることとして、当面の5年間程度の目標を定めるに際しては、新規登録の条約湿地の平均面積を1,000ヘクタール以上として約15,000ヘクタール、さらに既登録湿地につき約7,000ヘクタールの範囲拡大を目指して、既登録湿地も含め16万ヘクタールまで拡大することを現実的な目標として掲げるべきである。蕪栗沼や円山川下流域では周辺水田も併せて登録されているが、既登録湿地の中にも、自然湿地の周辺水田が自然湿地と一体となって湿地生態系を形成し、湿地生態系の保全のためには周辺水田も条約湿地に編入して保全を図るべき湿地が数多く存在している。決議X.31「湿地システムとしての水田の生物多様性の向上」を提案したわが国としては、周辺水田までの登録範囲拡大とその管理に省庁を越えて積極的に取り組んで行くべきである。

5 まとめ
 以上のとおり、「生物多様性国家戦略2012」の策定に際しては、提言の趣旨に記載したとおり、ラムサール条約湿地登録の数値目標として、2018年に開催が予定されるラムサールCOP13までに、国内の条約湿地を新たに15か所増やし、登録面積を既登録湿地も含め16万ヘクタールまで拡大することを目指すべきである。
 このような目標を設定し、条約湿地の数を増やして行く上で、条約湿地の保全・管理を十全に行っていくための管理計画と予算が問題になろう。管理計画については、既登録の条約湿地の中にも策定されていない湿地が存在するが、条約締約国は領域内のすべての湿地を賢明に利用することが義務づけられており、条約湿地に限らず主要な湿地について管理計画を策定して賢明な利用を図ることは当然のことであるから、潜在候補地の段階で、湿地の管理主体は利害関係者の参加も得て速やかに管理計画を策定すべきである。また、昨今の厳しい財政状況の中では、条約湿地関係予算を増額して行くことに困難があることは理解できるが、それを理由に条約湿地登録の取り組みが遅れることがあるならば、本末転倒と言わざるを得ない。日本全国に所在する潜在候補地は地域に居住する人々の営みと密接に結びついており、各地に地元の潜在候補地の登録を求め、湿地の賢明な利用をめざす市民が存在している。条約湿地の保全は国の予算によってのみ行うものではなく、国が自治体と住民と協働することによって湿地の保全を図るべきものである。そのためのマンパワーは決して不足してはいないのであり、未だ十分に活用されていないだけのことである。
 わが国は、ラムサール条約締約国として、また、愛知ターゲットを承認に導いた生物多様性条約COP10の議長国として、財政状況の困難を乗り越えながら、着実に条約湿地の数と面積を増やし、湿地と生物多様性の保全を実現する責務を負っている。その責務を果たすべく、提言の趣旨記載のとおりに数値目標を設定しなければならないのである。
以上

2012年05月27日掲載