渡良瀬遊水地のラムサール登録に際して治水と湿地保全・再生を両立する誓い

渡良瀬遊水池をラムサール条約登録地にする会事務局長
ラムネットJ事務局長 浅野正富

■渡良瀬遊水地の治水と自然環境

 渡良瀬遊水地は、足尾銅山の鉱毒被害防止のために1906年、谷中村が強制廃村された後に作られ、1947年9月のカスリーン台風では、渡良瀬川の堤防が生井村(現在小山市生井地区)、部屋村(現在栃木市部屋地区)で合計8か所、延長385mが決壊して全村が泥水の下に沈み、生井村では11名の死者が出ました。このような未曾有な被害に遭った遊水地周辺の住民にとって、渡良瀬遊水地とそこに流れ込む河川の治水事業推進は何ものにも優先されなければならない課題です。
 また、本州以南最大のヨシ原を擁する関東地方を代表する低層湿原で数多くの絶滅危惧種が生息している渡良瀬遊水地は、2010年9月に環境省が公表した172か所のラムサール条約湿地潜在候補地に選定され、本年7月にルーマニアで開催されるラムサール条約第11回締約国会議までにラムサール条約湿地に登録されようとしています。
 しかし、池沼の減少、地下水位の低下などによる湿地の乾燥化が進行し、開水面の周辺に広いエコトーンを伴ったかつての景観はほとんど見られなくなり、セイタカアワダチソウが急増するなどの環境悪化が進んでいます。

試験掘削地でのボランティアによるヤナギの芽の除去作業
試験掘削地でのボランティアによるヤナギの芽の除去作業


■保全・再生基本計画と条約登録

 2010年3月には、渡良瀬遊水地を管理する国土交通省利根川上流河川事務所は、乾燥化して外来種の増殖等により環境が悪化した場所を掘削して外来種の増殖を抑えて多様な動植物の生息場の再生を目指し、明治時代の赤麻沼や石川沼のあった時代(水面の面積比率で2割程度)を一つの目安として掘削することにより現存する良好な環境の保全と治水機能の向上に配慮しながら、湿地の保全・再生を進める渡良瀬遊水地湿地保全・再生基本計画を策定しました。この湿地保全・再生基本計画に基づき、掘削等により治水事業と湿地の保全・再生を両立していくことは、湿地保全の条約であるラムサール条約が目指している「湿地の賢明な利用」そのものと言えます。
 ラムサール条約登録に際し、環境省は国土交通省とも協議して、土地利用規制については治水事業に何らの支障がないように従来通り河川法に基づき指定されている河川区域のままとし、鳥獣保護については既に禁止されている銃猟以外の捕獲も禁止するため国設鳥獣保護区の普通地区に指定する方針を取って、現在鳥獣保護区指定手続が進められています。わが国では、ラムサール条約湿地に登録される際の保全の法的担保として、土地利用規制につき河川法に基づく河川区域が認められた例は過去になく、渡良瀬遊水地の場合、遊水地という治水機能が最も優先されるべき湿地の特性が重視された結果、河川法に基づく土地利用規制での登録が認められました。

ラムネットJと渡良瀬遊水池をラムサール条約登録地にする会が共催で開催した世界湿地の日シンポジウム in 渡良瀬遊水地(2月18日)
ラムネットJと渡良瀬遊水池をラムサール条約登録地にする会が共催で開催した世界湿地の日シンポジウム in 渡良瀬遊水地(2月18日)

地元の治水団体と自然保護団体の調印式(2月28日)
地元の治水団体と自然保護団体の調印式(2月28日)


■治水と湿地保全の両立をめざして

 このような中、本年2月28日、従来から治水事業の推進を求め続けてきた「渡良瀬遊水地第二調節池周辺地区治水事業促進連絡協議会」と、渡良瀬遊水地のラムサール条約湿地登録推進の活動を続けてきた「渡良瀬遊水池を守る利根川流域住民協議会」、「わたらせ未来基金」、「渡良瀬遊水池をラムサール条約登録地にする会」は、利根川上流河川事務所において、藤山事務所長と、関東地方環境事務所の徳田野生生物課長の立ち会いの下、渡良瀬遊水地がラムサール条約湿地に登録された暁には、湿地保全・再生基本計画の下で将来にわたって渡良瀬遊水地の治水事業と湿地の保全・再生の両立が図れるよう、相互に協力していくことを誓約する誓約書に調印しました。
 一時は深刻に対立したこともある治水団体と自然保護団体が、渡良瀬遊水地のラムサール条約湿地登録を契機に治水と湿地保全・再生の両立をめざして協力する旨合意したことは、ラムサール条約の湿地の賢明な利用という理念を実現していく上で大変意義深いことです。今後地元では、関係者が一丸となって、湿地の賢明な利用のモデルケースとして、渡良瀬遊水地の湿地保全・再生基本計画に基づく事業を遂行して行きたいと思います。
ラムネットJニュースレターVol.9より転載)

2012年05月11日掲載