水田の生物多様性に関する意見

ラムネットJ水田部会 ラムネットJ共同代表 呉地正行/柏木 実

 ラムサール・ネットワーク日本は、韓国NGO湿地ネットワークと共に農業用地である水田の湿地としての役割とその生物多様性に注目して、両国政府に働きかけ、ラムサール条約COP10(2008)において日韓政府共同提案の「決議X.31:湿地システムとしての水田の生物多様性の向上」(水田決議)の採択を得た。これを生物多様性条約に基づく活動と連携させる目的で、政府関係省庁(環境省・農水省・後に国交省)に働きかけ、「水田決議円卓会議準備会」を立ち上げ、2010年日本の名古屋で行なわれた、生物多様性条約(CBD)COP10にむけて、日本政府と共にラムサール決議X.31に連動するCBDでの決定(決議)を準備し、その提案が、CBD-COP10で、ラムサール決議X.31の遵守と水田に於ける「農業生態系の評価」を含む「決定X/34:農業の生物多様性」として採択された。
 この円卓会議準備会は、その後もほぼ毎月開催され、政府関係省庁との定期的な情報交換の場として有効に機能してきた。これまでに22回(2012年6月18日現在)開催され、行政および民間で行なわれている様々な実践について情報交換や課題整理などを行ない、ここでの議論がラムサール条約湿地の選定において水田の役割に注目し其の範囲に組み込むなどの政策にも反映されてきている。
 また、水田決議実施の一つとして行なわれている水田の生物多様性向上優良事例の収集を通じ、生物多様性向上をめざす様々な事例が実践され、科学的データも蓄積されていることや、水田の複合生態系およびその生物多様性が農業にとっても持続可能な生産を支える上で大きな役割を果たしていることを明らかにしてきた。
 一方、20世紀後半以降、短期的な生産性や効率性を重視し、農薬や化学肥料に強く依存した農法が普及しはじめ、水田の湿地機能は著しく劣化し、高い生物多様性を持つ伝統的な水田湿地システムは、消滅の危機にさらされている。
 生物多様性条約は2010年までに地球規模の生物多様性喪失を食い止めるために合意されながら目標が達成できなかった「生物多様性2010年目標」の失敗を克服すべく、COP10において愛知目標(2011-2020生物多様性戦略)を採択した。その目標の達成には地球規模の協力が不可欠であり、我々日本のNGOの提案に基づき、2011年から2020年が「国連生物多様性の10年」と定められた。これに基づいて、ラムサール条約COP11においてもCBDとの第5次共同作業計画や、戦略計画2009-2015の見直しが討議される。愛知目標の達成を支えるため、国内においても全ての国・機関・団体・人々の協力が必要であり、水田の生物多様性向上を推進するための具体的な行動計画の策定とその実施が求められている。

 これらの背景を踏まえ、私たちは次の事項に対して優先的に取り組みまた、締約国会議に強く要請する。

  1. 水田の生産性や効率性のみを最優先し工業化した資源収奪型の近代化農法から、生物多様性を活かし持続可能な伝統的な農法を主軸とする農業環境政策への転換が不可欠であることを発信する。
  2. 生態系に与える影響に配慮した農業生産技術として、有機農業、生物多様性を活かした農法が有効であることを再確認し、米以外の水田生物(魚介類など)を複合生産物として評価し、生物多様性の高さと持続可能な複合生産性の高さが調和する農法の、普及啓発を図る。
  3. 生態系の分断を解消するために、その連絡ルートの設定や保護区化の適切な配置により、生態系全体としての広域化・ネットワークを図る手法として、既存ラムサール条約湿地の範囲を周辺水田まで拡大する取り組みを積極的に支援し、ラムサール水田決議X.31を活かし、生物多様性を高める取り組みを行い、水田を含むラムサール条約湿地数の増加を目指す。
  4. ラムサール条約とCBDの共同作業計画、2010年愛知行動計画に基づく2009-2015戦略計画実施のための重要項目の一つとして、「水田の生物多様性の保全・回復10年計画」(仮)を、農業従事者、消費者、先住民・地域住民、行政、FAO等と協働して策定し、それに基づく行動を開始する。
  5. 締約国に対して、農薬などの化学物質の使用を極力抑制し、遺伝子組み換えによらず、また水田への外来種の導入による生物多様性の劣化の抑制とそのための啓発活動を行い、水田の生態系サービスを最大限活用または増進させ、生物多様性に基づいた総合的管理を目指す政策を採択することを強く要請する。
  6. 開発途上国に対して、農村地域の水田において、河川から遡上する魚など地域住民の食糧となる多様な水田生物が生息できる自然環境と水田構造を維持し、水田の複合的生産性を推進するような政策を採ることを強く要請する。

※この記事は、ラムサールCOP11向けて発行した「ラムネットJニュースレター」号外(英語版)に掲載した記事の日本語の元原稿です。

2012年07月08日掲載