緩衝域としての砂浜と海岸線

表浜ネットワーク/ラムネットJ理事 田中雄二

 日本の海岸線は島嶼も含めると、約3万5295km*1となり、延長距離が世界でも6番目の長さといわれています。そして国土の面積で割ると島嶼の多いフィリピンに次いで日本は2位となります。さらに日本の特徴として地形を考慮すると、3000m級の急峻な山岳部から、とても短い距離で海に達するということになります。このことから陸域と海がいかに密接につながっているか理解できます。
 その理解は今や、川から海へと異なる環境をつなげる水系として深まった感はあります。しかし、肝心な長い距離を持っている海岸線への意識や理解は、いまだに乏しい現実があります。その長き海岸線においては、自然海岸の割合は1998年の報告*2では、おおよそ53%となっています。この割合は実際に現場で海岸線に関わっている方には意外に感じられることでしょう。おそらく、53%の海岸線はほとんどが島嶼にある海岸線であり、特に本州のような大きな島では、自然海岸の割合は実感として今や1桁程度なのではないかと懸念しています。その内、自然の砂浜となるとその2割程度にも満たないこととなるでしょう。

干潮時に現れる砂浜干潟(表浜海岸)
干潮時に現れる砂浜干潟(表浜海岸)
干潮時に現れる湧出帯(地下水)
干潮時に現れる湧出帯(地下水)

 なぜ、今、海岸線のことを取りあげるかというと、陸域と海洋という、まったく異なる物質の間にあるのが砂浜という環境であるからです。この環境は常に波と風によって動き、循環と収支によって自己再生される緩衝域です。そしてこの環境は、陸域からの水、伏流水などを含み、広域に面的な形で海へとミネラルを与えている環境でもあります。その環境が多くの間隙生物や、浅海の底生生物などを支え、流れ込む物質の分解を行う生物群を基本とした、沿岸から海洋の生態系を築いているからです。もちろん、砂浜を発生の場とするアカウミガメなどウミガメ類も、唯一の産卵場として利用しています。
 その緩衝域である砂浜を含む海岸線は、いまだに埋め立てなど開発の脅威にさらされています。単調な景観を持つ砂浜では、ほとんどの生物は隠れており、埋め立てても問題のない空間と、多く誤認されています。駐車場や港湾施設、そして昨今は震災以降の巨大防潮堤や沖縄のように基地などの開発にさらされています。本来は自然災害などをやわらげる能力を持つ自然の砂浜海岸なのですが、土地の利用制限などによって、防潮堤などの設備は海側へと前面に出てしまうことになります。そして今課題となっているL1、L2という津波の定義に対応した防潮堤となると、その砂浜をほとんど潰して建設されることになります。実に残り少ない自然の砂浜は、開発によってさらに失われる環境なのです。そして、昨今の気候変動による高潮などの異常潮位や、大型化し頻繁に発生する台風などによって、もともと侵食の危機にあった砂浜が、さらなる消滅の危機にあります。自然の砂浜が絶滅にもっとも近い環境であることを今、認識する必要があります。
 緩衝域とは優しく理解するには、水辺という言葉になります。それは湿地であり、まさに湿地条約が守るべき環境であることは間違いありません。ラムサール条約は水鳥保護の条約から、湿地を積極的に保全する条約へと時代を経て成長してきました。今、この絶滅寸前の環境をどのように考えるかは、私たち市民に託されているのかも知れません。長き海岸線に包まれた日本。まさに海洋国家と名乗るのならば、自然の砂浜という原風景を残すことに意義があることは確かです。

※1 海岸線延長 日本:「海岸統計(2012年度版)」、外国:「U.S.Central Intelligence Agency, The Factbook 2012」
※2 1998年3月、環境庁自然保護局

ラムネットJニュースレターVol.23より転載)

2016年05月23日掲載