見直された日本の「重要湿地」と湿地の現状

日本国際湿地保全連合所長 横井謙一

環境省が重要湿地リストを改定
沼ノ原湿原

大雪山系トムラウシ山周辺湿原群の一つ、沼ノ原湿原

 環境省は4月22日に「生物多様性の観点から重要度の高い湿地(略称:重要湿地)」を公表しました。同時に「生物多様性の観点から重要度の高い海域」も発表され、すでに2015年12月に公表されていた「生物多様性保全上重要な里地里山」と併せて、3つの視点から日本の生物多様性保全を考える上で重要な地域が選定されました。
 今回発表された"重要湿地"は、2001年に公表された「日本の重要湿地500」(以下、重要湿地500)の改定版です。重要湿地500は、湿地の減少や劣化に対する関心の高まり、ラムサール条約における湿地の定義の広がりなどを受けて、ラムサール条約登録に向けた礎とすることや生物多様性の観点から重要な湿地を保全することを目的に作成されました。しかし近年、開発行為や保全管理の不足、地球温暖化や外来種の侵入、東日本大震災の影響などによる湿地環境の急速な変化により状況が大きく変貌し、現状を踏まえた見直しの必要性が高まりました。また、「生物多様性国家戦略2012−2020」においても重要湿地500を見直すことが明記されました。こうした背景を受けて、環境省では地域住民などが湿地の重要性を認識し、保全や再生の取り組みを活性化することを目指して、生物多様性の保全や自然再生などの観点から重要湿地500を改定しました。

500カ所から633カ所に
 今回の改定では既存の重要湿地500の再選定と同時に、新しい湿地の追加が行われました。改定にあたっては、重要湿地500の考え方を踏襲することを基本として既存のリストが整理されました。すべての生物群に共通の5つの選定基準に加え、16の生物分類群ごとの選定の考え方を加味して選定作業が進められました。その結果、500カ所であった重要湿地は633カ所に増え、22の湿地タイプに区分されました。重要湿地500は主に検討委員や専門家などの有識者の提案によって選定されましたが、今回改定された重要湿地は、それら有識者の意見に加えて、地方自治体からの意見なども積極的に取り入れて検討が進められたことが特徴の一つといえます。
 今回の改定の特徴として、これまであまり評価されてこなかった生物群や湿地タイプの観点から湿地が追加されました。例えば、重要湿地500では評価されていなかった汽水域にも着目し、「ゆかし潟および太田川河口」(和歌山県)などが淡水魚類の観点から新たに選定されました。また、生物多様性の観点から重要な湿地として、人工的な水域も検討対象とし、貴重なトンボ類の生息地となっている「杉戸町の遊水池」(埼玉県)などが昆虫類の観点で選ばれました。さらに鳥類では、コアジサシの継続的な集団繁殖地である「新潟海岸」(新潟県)や、オシドリの渡来地である「物部川杉田ダム」(高知県)などが追加されました。

シラタマホシクサ
西三河地域湧水湿地群の一つ、矢並湿地に自生するシラタマホシクサ
アシハラガニ
東京湾の干潟・浅瀬の一つ、小櫃川河口(盤洲干潟)で見られるアシハラガニ

悪化傾向にある湿地の環境
 リストの見直しに加えて、重要湿地500に選定されていた湿地の現状把握が行われました。有識者からの情報を基にまとめられた湿地の現状を生物分類群ごとにみると、多くの湿地が悪化傾向であり、その要因は半数以上が「開発など人間活動による危機」によるものでした。とりわけ淡水魚類、爬虫両生類、ウミガメでは、選定されていた湿地の約8割が悪化傾向でした。サンゴ礁、淡水藻類、ガンカモ類などの一部の湿地では環境が改善された場所があるものの、多くの湿地が危機にさらされていることが明らかとなりました。
 重要湿地は、日本におけるラムサール条約登録湿地の選定において重要な基礎資料となります。2010年に公表されたラムサール条約湿地潜在候補地リストでは、国際基準1を満たす湿地の選定の際に、「主に重要湿地500に選定されている湿地を対象に、湿地タイプごとに陸域および海域の生物地理区を代表する湿地、希少または固有な例を含む湿地」が選ばれました。今後、持続可能な社会の実現に向けて、湿地の保全とワイズユース推進の重要性はますます高まることが予想され、ラムサール条約登録湿地の数も増加していくと思われます。この点からも、重要な基礎情報である"重要湿地"の見直しと情報の更新が定期的に実施されることは、継続的な湿地の保全と利用を進める上で必要不可欠といえます。

▼環境省の「重要湿地」ホームページ

ラムネットJニュースレターVol.24より転載)

2016年09月18日掲載