有明海をつなぐラムサール条約

日本野鳥の会佐賀県支部事務局長 中村さやか

 干潮の時間になると、はるか遠くまで干潟が広がり、よく見ると干潟の上に見える無数の点々はすべてヤマトオサガニです。有明海の干潟のそばで耳を澄ますと、プツプツプツという底生生物たちが出す微かな音、潮が満ちてくる時の波のさざめき、シギたちの物悲しいような鳴き声、遠く波間を行く漁船のエンジンの音が聞こえてきます。時々、上にピョンとジャンプするのは、求愛行動をしているムツゴロウたち。もうしばらくすると潮が満ちてきて、シオマネキは巣に蓋をし、シギたちはエサ取りをやめ休憩に入ります。有明海には人々を癒す日本の原風景がまだそこかしこに残っています。

ハマシギ
有明海で越冬するハマシギの群れ
干潟の人気者、ムツゴロウとシオマネキ
干潟の人気者、ムツゴロウとシオマネキ

 有明海は長崎県、佐賀県、福岡県、熊本県にまたがる水域で、日本の約4割の干潟が有明海にあります。また、有明海は日本でもここでしか見られない、ムツゴロウ、ハゼクチ、ワラスボに代表される有明海特産種がこれまで23種類知られています。また、世界では有明海のみに生息する種が6種類生息しています。潮の干満差は大潮の時には最大6mにもなり、これはもちろん日本一です。しかし水深は一番深いところでも約20mしかありません。この大きな大きな水たまりのような海に、さまざまな生き物たちが暮らしています。
 有明海は昔から漁業が盛んで、昭和40年代頃までは夕飯のおかずを採りにちょっと海へ出かけていくのは普通のことでした。そのため有明海は日々の生活に密着した海として「まえうみ」と呼ばれ親しまれてきました。私が小学生の時までは、干潟で「アゲマキ」というマテ貝に似た貝がたくさん採れ、両親が夏になるとアゲマキ採りに出かけていき、たくさんのアゲマキを採ってきてくれた日を懐かしく思い出します。この貝は大変おいしく、干潟に行けばいくらでも採れたため、「お助け貝」と呼ばれ、長い間庶民の味方でした。
 しかし、このアゲマキも平成に入ってぱったりと姿を消しました。アゲマキばかりでなくウミタケ、タイラギなどの二枚貝も激減し、漁ができる状態ではありません。
 干潟で貝を採ることができなくなり、人々はだんだん物理的にも気持ち的にも有明海から離れていきました。
 しかし、最近とてもうれしいニュースがあります。一つ目は、干潟にアゲマキが増えてきたことです。これは有明海の干潟の状態が良い方向に向かっている証拠だと思っています。これをきっかけにまた、人々の関心が有明海に戻ってくることを私たちは期待しています。
 二つ目は有明海の三つの干潟がラムサール条約に登録されたことです。
有明海には2017年現在、荒尾干潟(熊本県荒尾市)、東よか干潟(佐賀県佐賀市)、肥前鹿島干潟(佐賀県鹿島市)の三つのラムサール条約湿地があります。意外にも登録されたのはごく最近のことです。
 同じ有明海沿岸の登録地のため、三つの干潟は似ていると思われがちですが、干潟の状態や飛来する野鳥の種類や飛来数、生息する底生生物はそれぞれ異なっています。例えば、佐賀県の干潟はとても柔らかく、歩いて干潟の上を進むことができないので「ガタスキー」と呼ばれる板のような道具で滑るように進みます。しかし、荒尾干潟は砂質の干潟で表面は固いので、歩くことはもちろん、軽トラックや自転車でも干潟の上を進むことができます。同じ有明海の干潟でもこれは大きな違いです。

荒尾干潟で生物調査をする鹿島市の子供たち
荒尾干潟で生物調査をする鹿島市の子供たち
全身泥だらけになる干潟体験は大人気の活動です
全身泥だらけになる干潟体験は大人気の活動です

 有明海の三つのラムサール条約湿地は、それぞれ管轄の行政区も全く異なっていますが、ラムサール条約の登録を機に今はしっかりと結びつき、お互いに協力して活動しています。三つの登録地の行政担当者が集まる会議が、月1回のペースで開かれ、情報共有を行っています。一つ一つの登録地ではできないことも、三つが力を合わせればできることを信じて、これからも有明海の保全と再生にむけ力を尽くしていきたいと思っています。

ラムネットJニュースレターVol.29より転載)

2017年11月23日掲載