曽根干潟と風力発電計画

曽根干潟の案内人・潟守 高橋俊吾

 曽根干潟は北九州市小倉南区の瀬戸内海側、周防灘・豊前海に面する、最大干出面積517haの干潟である。環境省が選定する「生物多様性の観点から重要度の高い 湿地(重要湿地)」や国際的なIBA「重要野鳥生息地」の一つに選定されている。また、生きている化石「カブトガニ」の国内最大級の産卵・生息地としても知られるようになった。
 20年ほど前には湿地の保全と賢明な利用のためのラムサール条約登録をめざした運動が進められたが、登録要件のうち生物学的な要件は十二分に満たしているものの、開発を規制するための法的な整備と地域住民や地元自治体の理解・賛同がネックとなった。北九州市は1999年に「曽根干潟保全利用計画」を策定し、問題点を含みながらも干潟の保全に向けて一定の方向性を示し、その後の「北九州市生物多様性保全戦略」等でも重要なエリアとして保全の方向を示している。

仮設道路が干潟の中央を南北に分断している漁港連絡橋工事

仮設道路が干潟の中央を南北に分断している漁港連絡橋工事

 その一方で、周辺海域では新北九州空港の埋め立て・開港が行われ、引き続き国策として進められている関門海峡浚渫土砂処分場の埋め立て、県による苅田町松山地区の工業団地のための大規模埋め立てが継続して行われている。こうした周辺の開発とともに、干潟域内での漁港連絡橋工事や後背地の都市計画6号線工事等も進められている。
 これらの開発の影響とは断言できないが、潮流の変化や波浪による攪乱の減少、流入河川からの土砂の搬出量の減少等もあって、干潟環境が変化しているのは間違いない。二枚貝等の水産資源の激減等もあり干潟環境が悪化して死潟になったという評価がされることもある。
 私個人としては、確かに悪化していると思われる場所もあるが、全体的には底質の変化に伴う生物相の変化であり、まだまだ干潟の生態系は保たれていて、これ以上悪化させるような要因をもたらさないようにすることが大切だと考えている。コンクリート護岸で囲まれ、周辺を埋め立てられながらも、たくさんの生命を育み絶滅危惧種の宝庫である曽根干潟は、まだまだ第一級の干潟であり、奇跡の干潟と言っても過言ではない。

曽根干潟
北干潟大野川河口近くの塩生湿地から見た南方向の様子。左側の島は間島。右手の山は松山城跡(旧海岸線)。手前にシバナの群落、シマヘナタリやクロヘナタリなど希少種の宝庫となっているヨシ原。間島の左手に人工島の北九州空港、右手に空港連絡橋が見える。松山から連絡橋の付け根まで埋め立て地でトヨタの苅田工場、その沖側に現在日本ユニチャームの工場が建設中。さらにその沖側の埋め立て中の場所には、関西電力がバイオマス発電所を計画中。少し手前に曽根漁港連絡橋工事で建設中の橋脚、仮設道路が右から左沖合に向かって伸びている。


 さて、そのような曽根干潟に、現在風力発電計画が持ち上がっており、今年の1月から風況調査が始まった。計画の詳細は現時点で明らかにされていないが、農山漁村再生可能エネルギー法を適用して地域の活性化と干潟の再生を図るためとも、北九州の響灘洋上風力発電と合わせて北九州市復活のための目玉の事業ともいわれている。
 開発という人の手によって環境を悪化させたのならば、再生のために人が手を入れてやる必要があるとの論もあるので、人工的な再生事業を全面的に否定するつもりはないが、電力買取価格が下がりつつある今、干潟で風力発電を行い、売電による資金調達と一部電力を利用しマイクロナノバブルや散水曝気により干潟を再生し、水産振興を図るというのは理解に苦しむ。どうしても初めに風力発電ありきでないかと、思えてならない。
 持続可能な社会を目指し、再生可能エネルギーへシフトしていく中、風力発電の先進国ドイツでは、渡り鳥等の野生生物や住民への影響を最大限避けるために、綿密なゾーニングによって建設適地を限定していると聞く。また世界で3番目の洋上風力発電国であるオランダでは、広大な干潟域には設置されていないという。
 干潟の現状や諸条件を考えると、曽根干潟が洋上風力発電の建設場所として適しているとは到底思えない。アセス逃れや不十分な法整備の隙間をつきながら、再生可能エネルギーの美名のもと強引に事業を押し進め、結果的には自然破壊や住民の健康破壊につながっている例もあると聞く。後世に悔いを残さない賢明な選択を望むところである。

2018年05月04日掲載