諫早湾干拓・請求異議訴訟で最高裁が漁業者の上告を門前払い!

─ それでも漁業者は話し合いを通じた「開門」による有明海再生を目指します ─

有明海漁民・市民ネットワーク/ラムネットJ理事 菅波 完

■諫早湾干拓事業による深刻な漁業被害
 諫早湾干拓による漁業被害は、2000年12月からの赤潮の大発生によるノリ養殖の不作で全国的にも注目されました。実際には、1997年4月の潮受け堤防閉め切り以前から、諫早湾内のタイラギ漁などに深刻な被害が発生していました。干拓事業のために、多くの魚介類の産卵・生育場所であった3500haもの広大な干潟・浅海域が失われたこと、さらに潮受け堤防による諫早湾の閉め切りが有明海の潮流・潮汐を変化させ、赤潮の大規模化、底層の貧酸素化を招いたことにより、ノリ養殖のみならず、漁船漁業、タイラギなどの採貝漁業に深刻な漁業被害をもたらしたのです。

本来、黒いはずのノリが茶色に変色し、成長も悪い(2023年1月、有明海福岡県沖)
本来、黒いはずのノリが茶色に変色し、成長も悪い

(2023年1月、有明海福岡県沖)


■「請求異議」裁判の問題性
 今回、最高裁の上告棄却によって確定した請求異議は、2010年に福岡高裁が下した「開門」確定判決について、農水省側が、その後の事情変更を理由として、確定判決の強制執行ができないようにすることを訴えたものです。福岡高裁での差し戻し審判決では、有明海の漁業が回復傾向にあり、事業による漁業被害の状況が改善されているという国の主張が認められてしまいました。これは漁業の実態とはかけ離れた事実認定であり、到底認められません。この差し戻し審判決は、2010年の「開門」確定判決が、「仮定的・暫定的な利益衡量を前提にした特殊な判決」であると解釈して、判決が確定した訴訟を蒸し返したものです。これは事実上の「再審」であり、このようなかたちで確定判決が効力を失うようでは、司法そのものが機能しなくなります。

■国のごね得を最高裁まで認めてしまった
 差し戻し審において福岡高裁は、2021年4月に、国・漁業者双方に、「和解協議の考え方」という文書を示し、「紛争の統一的、総合的かつ抜本的な解決」のために和解協議を行い、「柔軟かつ創造性の高い解決策を模索する」ことを促しました。しかし国側は一切、話し合いには応じず、ただ早期の判決を求めるだけの姿勢でした。結果として、福岡高裁は、和解協議に抵抗し続けた国側の請求異議を認める判決を下し、「国の"ごね得"を認めるのか」(熊本日日新聞社説)との批判を浴びました。今回の最高裁決定は、その"ごね得"判決に対する漁業者からの上告を門前払いにしたもので、諫早湾干拓事業をゴリ押しする農水省に対して司法が紛争解決の責任を放棄し、漁業者を見殺しにしたものと言わざるを得ません。最高裁決定に対して、山口祥義佐賀県知事も、「確定判決に従わず、和解協議にも応じないやり方がかなうとしたら法治国家とは何なのか考えざるを得ない」(3月2日付毎日新聞)とコメントしました。

■昨年秋からの記録的なノリの大不作
 2000年冬の大不作以降も、有明海のノリ養殖は不安定な状況が続き、漁業者の必死の努力で生産を維持してきました。しかし、2022年秋からの漁期は、極度の栄養塩不足から佐賀県、福岡県などで深刻な色落ち被害が発生しました。佐賀県東部や福岡県などは、その後の水温の低下などでノリの成長がある程度回復しましたが、特に佐賀県西南部の漁場は、数年間にわたって不漁が続いていたこともあり、漁業経営の継続が困難な漁業者が続出しています。漁船漁業や採貝漁業の不振はさらに深刻な状況が続いており、多くの漁業者にとって「開門」は、有明海再生への最後の希望をつなぐものなのです。

■漁業者はあくまで「開門」を求めます
 今回の最高裁決定後、農水省は、「対立」から「協働」へと関係を再構築し、有明海の未来をともに切り拓いていくために、話し合いにより有明海再生を図っていく」とする大臣談話を発表しました。農水省は従来同様、「非開門」を前提としていますが、「開門」以外の再生策は、2000年以降、さまざまなかたちで実施されてきており、それでも漁業被害の状況が改善されていないというのが実情です。漁業者側は、農水省が話し合いの姿勢を示したことは評価し、冷静な話し合いの中で、農業者や周辺住民も納得するかたちでの「開門」を実現し、本当の意味での有明海再生を目指していく考えです。引き続きみなさんのご理解とご協力をお願いします。

諫早湾干拓と「開門」判決をめぐる経過
1989年 11月 諫早湾干拓事業「起工式」。その後、潮受け堤防工事進行とともに、タイラギ漁などへの漁業被害が深刻化。
1997年 4月 潮受け堤防の閉め切り(いわゆるギロチン)。
2000年 12月 赤潮の大発生により福岡、佐賀、熊本、長崎のノリ養殖に壊滅的な被害。
2002年 11月 事業による漁業被害を訴える漁業者が工事中止と「開門」を求めて提訴。
2008年 3月 諫早湾干拓事業の工事終了。4月 営農開始。6月 佐賀地裁が漁業者の訴えを認め「開門」を命じる判決。7月 国は福岡高裁に控訴。
2010年 12月 福岡高裁が国の控訴を退け、あらためて「開門」を命じる判決。政府がこれを受け入れ、国の「開門」義務が確定。
2011年 4月 「開門」に反対する農業者らが長崎地裁に「開門」禁止を提訴。
2013年 12月 漁業者が「間接強制」(確定判決不履行に関する制裁金支払い)申し立て。
2014年 1月 国が「開門」確定判決に対する「請求異議」を佐賀地裁に申し立て。12月 佐賀地裁がこれを棄却。国は福岡高裁に控訴。
2017年 4月 長崎地裁が「開門」禁止判決。国側は控訴しなことを表明。
2018年 7月 福岡高裁が農水省側の「請求異議」を認める判決。漁業者側は最高裁へ上告。
2019年 9月 最高裁が「請求異議」を認めた福岡高裁判決を廃棄し、福岡高裁に審理を差し戻し。
2021年 4月 差し戻し審で福岡高裁は和解協議を提起。しかし、農水省側は一切、応じず。
2022年 3月 差し戻し審で福岡高裁が農水省側の請求異議を認める判決。漁業者は最高裁へ上告。
2023年 3月 最高裁が漁業者の上告を棄却。「開門」確定判決の強制執行ができなくなった。

ラムネットJニュースレターVol.51より転載)

2023年05月02日掲載